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古鏡展準備できました [博物館]

思えば、4年半前に同じタイトルでブログを書きました。
今回の展示も、前回と同じく常設展示室内の一角のミニ企画展スペースです。しかし、今回はそのときの展示とはケタが違います。当時展示したのは館蔵品の中国漢・唐代と日本の古墳時代の銅鏡合計31枚に過ぎませんでしたが、今回はなんと中国の春秋戦国時代~明清代まで107枚というスケールです。中国歴代の銅鏡の変遷を通史的に見ることができ、所蔵数・一度の展示数のいずれにおいても、東海地方隨一の内容です。こんなに全部展示できる機会は、次はいつになるかわかりません。ぜひ、たくさんの方に見ていただきたいものです…。

名古屋市博物館 常設展示室フリールーム『中国古代の青銅鏡』展
平成27年7月14日(火)~9月13日(日)
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納品 [雑談]

拙著『中国江南六朝の考古学研究』、ついに納品されました。別室にこの包みの山とほぼ同じ量がもう一山あります。家にどう置いとけっちゅうねん、こんな数(-""-;)。誰か買ってー(涙)

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拙著刊行 [研究活動]

 むちゃくちゃ久しぶりの更新です。ブログは時間的にも気持ち的にも余裕がないと、なかなか更新に手がつけられません…。

 さて、その余裕のなさの大きな原因の一つは、この約1年間、昨年春に博士の学位を取得した博士論文を出版する準備をしていたことです。帰宅後の時間と週末の休みを使って、出版社とやり取りしながら、ずっと編集をしてきました。その本が、ようやく今月末に刊行の運びとなりました。
 完成度は、内容の充実度は、と問われれば、胸を張ってどんなもんですか!読んでください!と言えるものではありません。でも、もっと良くしてからなどと言っていても、いつになるかわかりません。自分の研究を無駄にしないためにも、途中経過報告をして、いったん一区切りした方がいいかなと思ってきたので、ここまで来ることができて、とりあえずほっとしました。
 博士論文の出版なので、一般の人に読んでいただける内容ではありませんが、ご興味をお持ちくださった方は、どうぞよろしくお願いします。

『中国江南六朝の考古学研究』 (六一書房)
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↓ Amazonからも購入できます。

中国江南六朝の考古学研究

中国江南六朝の考古学研究

  • 作者: 藤井康隆
  • 出版社/メーカー: 六一書房
  • 発売日: 2014/12/03
  • メディア: ペーパーバック



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発見、楽浪土城の高句麗瓦 [中国考古]

ひさびさの更新です。
僕の職場の博物館が所蔵する1点の古代の軒丸瓦が、1987年に寄贈されて以来、出土地・時代が不明でしたが、楽浪土城(朝鮮・平壌市)で用いられた高句麗・平壌期(5~7世紀)の瓦だということが明らかになりました。楽浪土城という東アジアの重要遺跡を考えるうえで、貴重な資料です。国内でも、大学や国立研究機関など数ヶ所しか所蔵しない珍品です。
この件について、中日新聞さんが、今朝8/17(日)の朝刊・市民版に、とてもいい記事を書いてくれました。ありがとうございました。
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南京白局 [中国]

 3月14日(金)~18日(火)の間、南京へ調査旅行に行ってきました。南京博物院がここ3年ほど完全閉館し、新館を建てて全面リニューアルする工事をしていましたが、ようやく昨年11月にオープンしました。これを見学するのが主な目的でした。さて、今回の調査旅行で興味をもったことをひとつ。
 新しい南京博物院では、実際の劇場を再現し、南京の民間伝統芸能「南京白局」を定時で公演しています。
 南京白局とは、雲錦という絹織物工芸が発達した南京で、明末清初に紡織職人たちが単調な仕事の退屈を紛らわすために、南京訛りの方言で歌ったのが芸能化したものだそうです。やがて劇団が形成されましたが、「白擺一局」(無料の出し物)を精神としたため、「白局」と呼ばれます。無料公演の精神は今も守られています。現在は「国家非物質文化遺産」、つまり日本で言えば国無形民俗文化財、に指定されています。
 僕も南京博物院で少し観覧しましたが、明るく軽妙な節回しにのせた漫談風の会話をし、途中で楽器を演奏しながら歌が始まります。歌を一節ほど歌うと、また軽妙な漫談が始まる…そんなユルくて朗らかな芸能です。南京の温かい民俗・風土の魅力を感じました。

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滬=上海 [中国]

 上海をさす地域呼称を、滬(hu4・日本語音読み「こ」/簡体字では沪)といいます。
 「滬」は本来、竹を編んで作った淡水漁撈用の定置漁具(ヤナの一種らしい)の名称です。上海はもともと長江河口部のデルタで、今でも縦横に大小のクリークが無数に走っています。
 かつて呉淞江(蘇州河)の河道沿いに深くいりくんだ入江があり、それが「滬瀆(hu4 du2・ことく)」と呼ばれたことから、上海の呼称を「滬」というのだそうです。地域性をよく表した名称で、僕は好きです。

 上海を「滬」という呼び方は、今も使われています。「滬杭鉄路」は上海-杭州間の鉄道の路線名ですし、上海の車のナンバーはたとえば「滬 E00000」のように表記されます。
 こうした地域呼称は各地方にあります。例を挙げると、河北省=「冀」、河南省=「豫」、湖北省=「鄂」、湖南省=「湘」…などのようにです。かつての王朝時代の行政地区名が使われている例も多いです。
 ちなみに僕のフィールド、南京は「寧」といいます。かつて「江寧」だったからです。
 こういう中国の地域呼称を見たり調べたりするのは楽しいです。

新車購入 [雑談]

今日、新車購入しました(^^)
昨年末に引越しするとき、それまで乗っていた普通のママチャリがなくなっていました。
前にパンクして、そのままマンション地下の駐輪場に1年以上乗らずに放置していたので、どうやら大家さんに処分されてしまったようでした。
今の家に昨年末に引っ越してきた後も、それきり自転車を買っていなかったのですが、最近、市内の手軽な移動手段がほしくなったので、今日買いに行ってきました。これで市内はどこでも行けるぞー。

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映画 『楊家将~烈士七兄弟の伝説~』 [中国]

 この冬、 『楊家将~烈士七兄弟の伝説~』という映画が上映されます。
 今度、11月25日に名古屋市内でその試写会があるのですが、この試写会に僕が呼ばれることになりそうです。試写会の場で時代背景や物語の面白さなどを、専門家としてコメントしてほしいという依頼が、どういうわけか僕のところへ来ました。そんなご依頼をいただけるのは、たいへん光栄なのですが、ちょっと驚きました。
 さて、『楊家将』は、中国・明代に書かれた歴史ものの古典文学で、原書の正式名は『楊家将演義』といいます。現代の日本人は、こういう文字面だと「ようけしょう」と読んでしまいそうですが、そうではなくて、「ようかしょう」と読みます。日本ではあまり知られていませんが、中国では老若男女問わず知らない者はないと言ってよく、『三国志』、『水滸伝』、『西遊記』と並ぶ、古くからたいへんな人気のある作品です。京劇の人気演目のひとつですし、テレビドラマやDVDなどもたくさん作られています。
 宋王朝は、中国北辺の内蒙古・遼寧・吉林一帯にあった「遼」という強大な騎馬民族王朝からの圧迫に常にさらされ、この遼王朝との果てしない死闘を余儀なくされます。今年の春、僕が仕事で担当した特別展『中国 王朝の至宝』の第6章にまさしく相当する時代像です。(→ 関連ブログ
 『楊家将演義』は、そういう時代情況のなか、宋王朝の武将・楊業という人物が、宋王朝にとって苦しく不利な戦の窮地を常に救って戦う姿をめぐって展開します。楊業には7人の男子がいましたが、彼らもすべて武芸に優れそれぞれ個性のある名将ぞろいで、さらに楊家一門の手勢の兵たちもきわめて精強でした。「楊家軍」と呼ばれ、武門の一族として注目されます。
 『楊家将演義』の全体は非常に長いのですが、そのメインとなるのは、活躍を重ねる楊業と楊家一門が、やがて宋王朝内部の高官たちの政争の標的にされ、敵の遼王朝と、味方の宋王朝との間で板ばさみとなりますが、それでも楊家一門は悲壮な戦に出陣していく、という人間ドラマを軸とする歴史物語です。
 おそらく、今回の映画でも、その部分の物語が映像化されているのだろうと予想されます。日本でも、『楊家将』が有名になり、人気が出るといいなあと思います。
 今年12月14日(土)~、全国で順次、上映が開始します。名古屋市内では、新年1月11日(土)から伏見ミリオン座で上映です。みなさん、ぜひ見に行ってください!

研究上の経歴 [研究活動]

僕の研究者としての経歴・業績などを、「ReaD&Researchmap」 (独立行政法人科学技術振興機構、および国立情報学研究所が開発・運営する研究者データベース)に登録しています。
このブログの左側欄外のリンクから、僕のデータベースに直接飛べるようにしました。ご興味がおありの方は、どうぞご覧ください。よろしくお願いします。
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現地を見ること [雑談]

今回の中国展を終えてあらためて思いました。
以前は、考古学関係の後輩や友人たちを誘って、中国へ見学旅行をしていた時期があります。もちろん博物館とか遺跡とかを主に見に行くんですが、そのなかで現地の独特の風景や街並みとか食事とか、普通の旅行会社の企画ツアーなんかだと行けないところに行く、という感じでした。でも、今は友人や後輩たちも就職して忙しくなり、ここ数年はやってません。
展覧会に来場されたお客さんのようすや、話しかけられたときの会話から、もっと現地を知りたい方や、実物・実際の場所を見てみたい方が、やっぱり多いのだと思いました。その感動ばかりは、われわれがどう努力しても日本国内で開催する展覧会では伝えられません。僕自身、現地へ行って、胸にドスンとくる感激というかショックというか、そういうのを感じた場所があります。その現場の空気感というのは、何より実際に肌で感じる以外にないものです。
昨年春に、名古屋市守山区・志段味古墳群をテーマの中心にした古墳の展覧会を開催しました。あのときも、小学校の団体を案内して数回、そして大人を主な対象にして2回ほど、現地見学ツアーをやりました。たしかに志段味古墳群は遺跡としての価値や歴史的意義は東海地方屈指といってもよい古墳群です。しかしそうは言っても、しょせんは国内、しかも奈良や大阪とは違う、名古屋のローカルな古墳群です。それでも、現地を歩いた子供たち、大人たちの反応は、博物館の中にいるときとはまるで違いました。現地を体感した、その空気感と想像が強い印象になったのが明らかでした。
そんなことを踏まえながら、今回の中国展のことも考えたのですが、国内の古墳や遺跡にせよ、中国にせよ、私的にでも現地へ行ってみる機会を作れないものかなあ、と思いました。
だいたい僕の中国旅行は、本当に学術目的で行く場合と、自分が行ってみたい博物館や遺跡などがある地方に半分見学・半分観光という感じで行く場合があります。前者の場合は向こうの大学や研究機関にお願いをするので観光目的というわけにいきません。でも、後者の場合であれば、楽しい雰囲気がいいし、正直言って費用も抑えたいので、何人か一緒に気軽に行ける方がいいです。
もちろん、僕は偉い先生方とは違うので旅行社がバックについているわけでもなく、費用負担はできないので、各自自費負担になるのですが、いちおう参加者の顔ぶれや予算をある程度考慮して、プラン作っていました。機会があればやってみたいですが、僕について中国旅行に行ってみようっていう人いるんでしょうかね。

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