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いただきもの’12 [研究活動]

ブログ更新をしばらく怠けて放置していたので、今回が2012年最初のかきこみです。
新年になって初めていただいた文献や資料は下記のとおり。
ありがとうございました。


(抜刷)
河内一浩 2011 「和歌山市・鳴神埴輪窯の再検討―紀伊の後期円筒埴輪について―」
           (『堀田啓一先生喜寿記念 獻呈論文集』 2011年11月)
(報告書)
大山崎町教育委員会 2010 『松田遺跡 大山崎町埋蔵文化財調査報告書第40集』
大山崎町教育委員会 2011 『松田遺跡 大山崎町埋蔵文化財調査報告書第41集』
大山崎町教育委員会 2011 『大山崎町埋蔵文化財調査報告書 第42集』

(現地説明会資料)
大山崎町教育委員会 「鳥居前古墳第6次調査報道発表資料」 2012.01.25
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地名まちがい [魏晋南北朝考古]

 ひさびさ更新の今回は、考古学で使う中国の地名のはなし。
 日本考古学でも同様なのだが、中国でも考古資料や遺跡に関係する地名というのは、日本でいえば小字に相当するものが多く、あるいはそれよりももっとローカルな場合もある。
 そして地名を知るにあたってさらに厄介なのが、中国の漢字である。現代中国で使う簡体字という漢字は、必ずしもすべての漢字が簡体化しているわけではなく、比較的単純な字形などの漢字で簡体化せずにそのまま使われているものもある。そのため簡体化した漢字が別の漢字と同じ字形になり、もともと全く別の漢字であるにもかかわらず、現代では同じ漢字で表記されるという例がしばしばみられる。しかも漢字を使っている日本人にとっては、日本漢字とも同じに見えてしまうので、ますます混乱する。
 僕のブログに写真を使っている南朝陵墓の石獣の名称は、簡体字で書くと「狮子冲南朝陵墓石刻」である。「狮子冲」が地名だが、日本人の一般的な中国語学習者の感覚だと「狮」=「獅」の簡体字、「冲」=「衝」の簡体字だから、この石獣が日本の本や論文に使われるときは「獅子衝南朝陵墓石刻」というキャプションが付けられていることが多い。僕自身も、心の片隅では“地名に衝撃の「衝」なんて変わってるなあ。ほんとかなあ。”という好奇心に似た素朴な疑問をもちながらも、まあいいやと、比較的最近まで「獅子衝」と表記していた。
 しかしこの日本漢字での表記はまちがいである。何気なく調べてみる気になって辞書を見ると、「冲」は二つの同音字をもっており、「衝」の簡体字、または「沖」だった。「沖」は地名に用いられる字で、谷あいの狭い平地のことをいうのだそうだ。たしかに南朝陵墓石刻は三方を山や丘陵に囲まれた谷地形に設置されるのが原則で、狮子冲石刻はその典型的な例のひとつといっていい。まさしく「狮子冲」の「冲」は、「沖」だったのだ。したがって日本漢字で表記する場合は、「獅子沖南朝陵墓石刻」とするのが正しい。もっと早く、疑問をもった時点で調べとくべきだったなあ・・・と反省。
 でも、超ローカル地名なので、現地のごく附近に住んでいる人か考古関係者でないかぎり、南京人は「狮子冲」なんて地名、だれも知らないんですよ・・・。

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最近のいただきもの [本の紹介]

 7/9(土)~7/11(月)のこの3日間、埴輪研究会の夏季見学会がありました。その見学会でお会いした方々からいただいた本や抜刷です。みなさん、どうもありがとうございました。

太田博之2010「朝鮮半島起源の服飾・器物を表現する埴輪について」
  (『古代』第123号、早稲田大学考古学会)
金澤雄太2011「富田林市真名井古墳出土埴輪の特徴と編年的位置」
  (『平成20~22年度科学研究費補助金 基盤研究(B)研究成果報告書 古墳時代政権交替論の考古学的再検討』、福永伸哉編)
辻川哲朗2011「近江・湖東北部の埴輪」
  (『紀要』第24号、財団法人滋賀県文化財保護協会)
辻川哲朗2011「近江・冨波亀塚古墳出土埴輪の再検討」
  (『琵琶湖と地域文化―林博通先生退任記念論集』、林博通先生退任記念論集刊行会)
徳田誠司2011「米国ボストン美術館所蔵 所謂「伝仁徳天皇陵出土品」の調査」
  (『書陵部紀要』第62号〔陵墓編〕、宮内庁書陵部)
羽曳野市教育委員会編2010『河内の前期古墳 庭鳥塚古墳 調査概報』
古市古墳群世界文化遺産登録推進連絡会議2010『古市古墳群を歩く』
壬生町立歴史民俗資料館2011『しもつけ古墳群―下毛野の覇王、吾妻ノ岩屋古墳から車塚へ―』

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中文書籍整理中(2) [本の紹介]

続きです。

員安志 『中国北周珍貴文物』(中華珍貴文物叢書)、陝西人民美術出版社、1992年
王俊 主編 『馬鞍山六朝墓葬発掘与研究』、科学出版社、2008年
賀雲翺・邵磊 『中国金銀器』、中央編譯出版社、2008年
賀雲翺 『六朝瓦当与六朝都城』、文物出版社、2005年
甘粛省文物考古研究所 『敦煌佛爺廟湾 西晋画像磚墓』、文物出版社、1998年
甘粛省文物考古研究所・戴春陽・張瓏 『敦煌祁家湾―西晋十六国墓葬発掘報告』、文物出版社、1994年
咸陽市文物考古研究所 『咸陽十六国墓』、文物出版社、2006年
高蒙河 『長江下游考古地理』、復旦大学出版社、2005年
鄒厚本 主編 『江蘇考古五十年』(江蘇文物叢書)、南京出版社、2000年
斉東方 『唐代金銀器研究』(唐研究基金会叢書)、中国社会科学出版社、1999年
陝西省考古研究所 編 『西安北周安伽墓』、文物出版社、2003年
中国社会科学院考古研究所・河北省文物研究所 『磁縣灣漳北朝壁畫墓』、科学出版社、2003年
趙憲章・朱存明 『美術考古与芸術美学』(美術考古学叢書)、上海大学出版社、2008年
鄭岩 『魏晋南北朝壁画墓研究』(考古新視野叢書)、文物出版社、2002年
程林泉・韓国河 『長安漢鏡』、陝西人民出版社、2002年
南京市博物館 編 『南京文物考古新発現』(南京歴史文化新探二)、江蘇人民出版社、2006年
南京市文化局・南京市文物局 主編 『南京文物精華 器物編』、上海人民美術出版社、2000年
寧夏回族自治区固原博物館・中日原州聯合考古隊 『原州古墓集成』、文物出版社、1999年
楊泓 『漢唐美術考古和佛教芸術』、科学出版社、2000年
姚遷・古兵 『南朝陵墓石刻』、文物出版社、1981年
羅宗眞 『魏晋南北朝考古』(20世紀中国文物考古発現与研究叢書)、文物出版社、2001年
羅二虎 主編 『中国美術考古研究現状』(美術考古学叢書)、上海大学出版社、2008年
李裕群 『北朝晩期石窟寺研究』(考古新視野叢書)、文物出版社、2003年
林樹中 『六朝芸術』(六朝文化叢書)、南京出版社、2004年

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中文書籍整理中(1) [本の紹介]

 今に始まったことではないが、僕は本の片付けが悪くてどうしようもない。いつもうちの奥さんに怒られ、本が見えない所で生活したい、と言われている。そして自分自身も、使わないときにはしょっちゅう見かける本が、使いたいときには見当たらない。買ったかどうかも記憶が定かでないので、中国で買ってきた本が、帰国してみたらすでに持っていて重複したなどということもときどきある。
 そこで、自分が一番よく使う大切な本は中文書なので、片づけができないならせめて持ってる中文書をリストアップしておこうと作業に手をつけてみた。ついでなので、このブログにもアップしてみる。今後も作業次第、随時アップしていきます。ちなみに本の並びは順不同です・・・(今後も)。

王志杰 『茂陵与霍去病墓石雕』(茂陵文史叢書)、三秦出版社、2005年
王培新 『楽浪文化―以墓葬為中心的考古学研究』、科学出版社、2007年
葛洪 撰・周天游 校注 『西京雑記』(長安史蹟叢刊)、三秦出版社、2006年
呉広孝 『集安高句麗壁画』、山東畫報出版社、2006年
呉小平 『漢代青銅容器的考古学研究』、岳麓書社、2005年
黄佩賢 『漢代墓室壁画研究』(考古新視野叢書)、文物出版社、2008年
蔡鳳書 『中日考古学的歴程』、齊魯出版社、2005年
朱偰 『建康蘭陵六朝陵墓図考』、中華書局、2006年
朱偰 『金陵古迹図考』、中華書局、2006年
章義和 『地域集団与南朝政治』、華東師範大学出版社、2002年
斉東方 『隋唐考古』(20世紀中国文物考古発現与研究叢書)、文物出版社、2002年
冉万里 編 『漢唐考古学講稿』(西北大学考古学系系列教材)、三秦出版社、2008年
曾布川寛 著・傅江 訳 『六朝帝陵―以石獣和磚画為中心』(六朝文化訳著)、南京出版社、2004年
田余慶 『拓跋史探』、生活・讀書・新知三聯書店、2003年
趙力光 『古都滄桑―陝西文物古迹旧影』、三秦出版社、2002年
蒲慕州 『墓葬與生死―中國古代宗教之省思』、聯經出版事業公司、1993年
馬時雍 主編 『杭州的考古』、杭州出版社、2004年
羅宗眞 『六朝考古』、南京大学出版社、1996年
遼寧省文物考古研究所・日本奈良文化財研究所 編著 『東北亜考古学論叢』、科学出版社、2010年
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いただきもの(追加) [研究活動]

 5月の日本考古学協会前日に大学へ行ったとき、いただいた抜刷です。どうもありがとうございました。とても頑張っている優秀な年下の同窓生に、敬意と応援の気持ちを表します。

青木弘2011「土木考古学による古墳築造技術の分析試論―土質工学調査実施古墳を対象として―
  (『早稲田大学大学院文学研究科紀要』第56輯(2010年度)、早稲田大学大学院文学研究科)
青木弘・持田大輔2011「益子天王塚古墳出土遺物の調査(4)―人物埴輪―
  (『早稲田大学會津八一記念博物館研究紀要』第12輯、早稲田大学會津八一記念博物館)
高橋龍三郎・青木弘ほか2011「千葉県印西市(旧印旛郡印旛村)戸ノ内貝塚第6次発掘調査概報」
  (『早稲田大学大学院文学研究科紀要』第56輯(2010年度)、早稲田大学大学院文学研究科)
艾克拜爾=尼牙孜・後藤健・青木弘ほか2011「2008年度カシュガル地区における陶器製作工房の調査報告」
  (『溯航』第29号、早稲田大学大学院文学研究科考古談話会)
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日本考古学協会総会会場でのいただきもの [本の紹介]

 5月28日・29日の両日、國學院大学で日本考古学協会総会が開催されました。その会場で知人のみなさんからいただいた本や抜刷は下記のとおりです。みなさん、どうもありがとうございました。

井上一樹2010『立命館大学考古学資料集第3冊 鹿角製刀剣装具』、立命館大学考古学論集刊行会
内山敏行2010「栃木県域南部の古墳時代馬具と甲冑」
  (『2010年度壬生町立歴史民俗資料館企画展 しもつけ古墳群―下毛野の覇王、吾妻ノ岩屋から車塚へ―』、壬生町立歴史民俗資料館)
加部二生2008「「近江毛野臣」の考古学的検討」
  (『王権と武器と信仰 菅谷文則先生退任記念論文集』、同成社)
加部二生2010「赤城山をめぐる信仰遺跡と遺物」
  (『山岳信仰と考古学Ⅱ』、山の考古学研究会)
加部二生2010「大間々扇状地における弥生時代~古代の遺跡」
  (『共同研究 群馬県大間々扇状地の地域と景観―自然・考古・歴史・地理―』、大間々扇状地研究会)
加部二生2010「群馬県地域の横穴墓」
  (『第15回東北・関東前方後円墳研究会 シンポジウム資料集 横穴墓と古墳』、東北・関東前方後円墳研究会)
小坂延仁・油布憲昭2010『辻字永堀第4遺跡―辻字永堀641番地2号他地点―』、鳩ヶ谷市教育委員会
中村岳彦2010「横瓶生産の消長とその意味―横瓶に関する問題提起―
  (『土曜考古』第33号、土曜考古学研究会)
橋本達也2010「古墳築造南限域の前方後円墳―鹿児島県神領10号墳の発掘調査とその意義―
  (『考古学雑誌』第94巻第3号、日本考古学会)
水野敏典2010「三次元形状計測による沖ノ島出土の同一文様鏡の検討」
  (『平成18年度~平成21年度科学研究費補助金(基盤研究A) 考古資料における三次元デジタルアーカイブの活用と展開』)
水野敏典2010「三次元形状計測を応用した画文帯神獣鏡の「同型鏡」の検討」
  (『平成18年度~平成21年度科学研究費補助金(基盤研究A) 考古資料における三次元デジタルアーカイブの活用と展開』)
山田俊輔2011「毛野の埴輪」
  (『季刊考古学別冊17 古墳時代毛野の実像』、右島和夫・若狭徹・内山敏行編、雄山閣)

下原窯正報告書 [本の紹介]

 東海地方の須恵器編年と埴輪の標識的資料として長らく待望されていた、春日井市・下原窯の正報告書がついに刊行されました。
 巻頭カラー写真図版8頁・本文137頁・実測図159頁・白黒写真図版65頁で構成され、調査報告以外にも、考察などで猿投窯の須恵器および尾張型埴輪に関する生産体制、焼成法など要点が要領よくまとめられています。編集執筆担当者である浅田博造さんの力作です。
 購入を希望される方は、春日井市教育委員会 文化財課(電話0568-33-1113)へ直接お申し込みください。1冊4000円です。在庫は十分にあるそうですので、周囲の方にもぜひご周知ください。
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いただき本 [本の紹介]

最近いただいた本です。どうもありがとうございました。

大谷育恵2011「三燕金属製装身具の研究」『金沢大学考古学紀要』第32号 金沢大学人文学類考古学研究室
浅田博造2006『下原古窯跡群』 春日井市教育委員会
城倉正祥2011『北武蔵の埴輪生産と埼玉古墳群』(2008(平成20)年度~2010(平成22)年度科学研究費補助金 若手研究(B)研究成果報告書) 奈良文化財研究所
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南京2011(3)-江寧上坊大墓 [魏晋南北朝考古]

 南京で現在唯一、墓室内を見ることができる六朝墓が2005年に発見された江寧上坊大墓だ。南京市博物館が発掘調査を実施した。昨年も見に行ったが、その後の修復状況を見たかったのもあり、今年も路侃さんに連れて行ってもらった。その調査成果はここでは詳しく分析して述べることはできないので、関心のある方は報告原文を参照してもらいたい。(南京市博物館・南京市江寧区博物館2008「南京江寧上坊孫呉墓発掘簡報」『文物』2008年第12期)

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文物 2008年第12期
編集:文物編輯委員会
出版:文物出版社
ISSN 0511-4772



 江寧上坊大墓は墓主の個人名こそ特定できないものの、東呉の皇族墓とみられる最高級の六朝墓である。墓室長20.16m・幅10.71mという江南六朝墓中最大の規模を誇る。墓室構造は正方形に近い墓室を2室連結した前後室墓で、前室と後室の両側に1つずつ耳室がつき、後室奥壁には2つの壁龕がある。さらに注目したい特色がいくつかある。前室・後室の墓頂は「四隅券進式」の構造で、江南に特徴的な墓頂架構法である。この墓頂を実際に見られるのは馬鞍山の東呉朱然墓とここだけで、しかも朱然墓よりもはるかに巨大だ。墓頂中央は覆頂石(藻井)があり、墓室内側に獣像が彫刻され、外側に4つの把手状の耳がついている。後室にユーモラスな石雕獣像形の棺台が設置されているのも非常に珍しい。棺台上には木棺が残存しており、馬鞍山朱然墓とともに東呉の木棺の形状と構造を知りうる重要な資料だ。さらに前室と後室の四隅に石雕獣頭形の灯台が作りつけられているのは他に例がない。
 出土した隨葬品に多数の青磁があるが、とくに青磁俑のセットがあるのが注目だ。これらの俑は個別ばらばらに配置されたのではなく、どうやら主人を中心に演芸・近侍するひとつの情景を表現したもののようだ。また墓外で多数の東呉の瓦が出土しており、外表施設の陵墓建築が存在した可能性がある。
 上坊大墓はもともと道路建設の開発工事の際に発見されたが、その重要性のため急遽保存と修復が決まった。現在は一般公開されておらず、修復作業が進められている。またやはり近辺で発見された六朝磚室墓2基が上坊大墓の敷地内に移築されている。将来はこの敷地に東呉古墓博物館を建設し、一般開放されることになっている。考古学的成果が非常に豊富で、今後研究しなければならない題材がたくさんある。今後も注視していきたい古墓である。最近は河南省安陽で見つかった西高穴大墓、つまり曹操墓が日本でも話題だが、南京の江寧上坊大墓にちゃんと注目してもらいたいものだ。この墓の規模と構造を見れば、呉と魏の陵墓の違いはもちろん、安陽西高穴大墓が少なくとも考古学的には曹操墓であるに違いないことも、理解できるというものだ。

DSCN4299.jpgDSCN0414.jpgDSCN0373.jpgDSCN0402.jpgDSCN4225.jpgDSCN4229.jpgDSCN4230.jpgDSCN0394.jpgDSCN0395.jpgDSCN0397.jpgDSCN4221.jpg
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